令和の社会人よ、昭和サラリーマンの常識を信じられるか?

2026.09.12
今の時代のサラリーマン、特に若い令和時代のサラリーマンは、昭和時代のサラリーマンである上司世代からさまざまなことを言われる。
いわく「今の若者は苦労をしらない」「今の若者は根性がない」「今の若者はすぐ会社を辞める」等々だ。
「今の若者は・・・」というフレーズ自体は大昔からいわれている。
戦国時代に福島正則がいったという記録や、更にさかのぼるとエジプトの遺跡でもそのような記述がのこっておるくらいだ。
注目してもらいたいのは「今の若者は・・・」の「・・・」の部分である。
そこには自分が若い時に経験したときと今では違う、というメッセージがある。
では昭和のサラリーマンはどのようなことを経験してきたのだろうか。
とても今では考えられない例をいくつか挙げてみよう。
タバコを吸いながら仕事
昭和の時代は、タバコを吸いながら仕事をしていた。
今より喫煙率も高く、体感では10人中9人が吸っていた。
そのほとんどがヘビースモーカーだ。
したがって、職場の空気は常に白く濁っており、常にくさい。
職場においてある備品は、ヤニで黄色くなる。
職場で吸えるので、喫煙ルームなどないので、1日に何度も喫煙ルームに行っている人に対し、仕事しないで不公平だ、などという問題も起こらない。
受動喫煙は当たり前で、なんなら常に副流煙を吸わされるまわりの人の方が健康を害すおそれがある。
そのような環境は、非喫煙者にとっては地獄だ。
そのような地獄の環境に耐えるか、自分も喫煙者になるしかない。
尚、私はその地獄を耐えきったまれな人の内の一人だ。
17時と同時に缶ビールを開ける音がする
昭和の時代は、定時である17時になると一斉に缶ビールを開ける音がする。
残業時間は酒を飲みながら仕事をすることが当たり前だ。
今でもたまに見かけるが、昭和の名残だろう。
当時、そのことに対し、誰も注意をしないことが不思議だった。
今思えばそれもそのはず、管理職が率先して酒を飲みながら仕事をしていたのだから。
酒を飲みながら、お金を扱う仕事をしたり、割増料金の残業手当がついていたりしていた。
車通勤している人は平気で、酔っ払って車で帰っていた。
恐ろしい時代である。
サービス残業?ブラック企業?
昭和の時代は、「サービス残業」「ブラック企業」という言葉はなかった。
なぜなら「サービス残業」はどの会社でも当たり前だし、日本のほぼすべての会社が「ブラック企業」だったからだ。
当たり前すぎて、そのような言葉は存在しなかったのだ。
残業を月15時間や20時間と上限を設ける会社がほとんどだった。
残業の上限とは、それ以上残業してはいけないという意味ではない、それ以上残業してもお金は支払われない、つまりサービス残業という意味だ。
ちなみに、上限規制内で抑えられる人など皆無であった。
平成に入り、大手企業を中心に完全週休2日をうたう会社ができてきたが、実際は土曜日、祝日は働くという嘘つき企業がほとんどだった。
なぜそれらは問題にならないのか、何度もいうがなぜならそれが当たり前だからだ。
偉い人の仕事のしなさ加減
昭和の時代は、管理職がほとんど働かない。
平日はゴルフ、夜は接待、休日は麻雀、会社にいる方が珍しいくらいだ。
なぜ、そんなことが可能だったのか。
会社が儲かっていたからだ。
そして部下もやかましい上司がいない方が、精神的に楽なので誰もそれを正す人はいないというわけだ。
まぁそういう人が、バブルがはじけてリストラ対象になったのは、自業自得といえるだろう。
ハラスメントだらけ
昭和の時代は、ハラスメントだらけだ。
パワハラどころか殴る、物が飛んでくるなどの暴力行為が散見された。
セクハラなど、毎日のように行われていた。
モラハラがない職場などみたことがなかった。
そもそも「ハラスメント」という言葉がなかった。
聞き飽きたと思うが、なぜならそれらはあって当たり前だったからだ。
昭和の時代のサラリーマンは、そのような環境で鍛え上げられ、耐え抜いてきた海千山千の猛者たちだ。
自分たちと違う今の環境に守られた令和のサラリーマンに対し、鍛え方が違うと考えるのは当然だろう。
令和のサラリーマンは、そのことを踏まえて、昭和サラリーマンと付き合うと、少し違った印象をいだくかもしれない。
施工管理技士アルノ
1級建築施工管理技士
1級電気工事施工管理技士
1級管工事施工管理技士
1級電気通信工事施工管理技士の資格を取得。
現場監督としての体験、施工監視技士試験の勉強法、
2度の転職経験から得た建設業における転職ノウハウを紹介しています。





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